東京大学農学部創立125周年記念農学部図書館展示企画
農学部図書館所蔵資料から見る「農学教育の流れ」
 
千蟲譜
栗本昌臧著 写本
 
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『千蟲譜』蠶(カヒコ)の図
 江戸時代には博物学が大いに盛んになり動植物の図譜も多数つくられているが、昆虫の図譜は比較的少ない。『千蟲譜』はその中で一、二を争う有名な書である。観察により生きた特徴を捉えた彩色図に名前の由来、方言、生態、利用法など丁寧な解説が付けられており、現代で言えば生態図鑑的な図譜である。この時代の昆虫図譜としてはかなり普及したようで多くの写本が現存する。一方、原本(1811年完成)は残念ながらすでに失われているようである。東大に所蔵されるものは和装本7冊からなる写本で、いずれの巻にも「農商務省図書」を消印して「農科大学図書」の印がある。明治10年代に農商務省所管の農学校が購入し、農科大学への改組にともなって蔵書印を押しなおしたのではないかと推察される。いずれにしても本学が非常に早い時期に本書を入手し、以後貴重本として大切に保管してきたことがうかがわれ、現在の状態も若干の虫食いがあるものの良好である。ただし、写本であるせいかと思われるが、図にも説明文にもスタイルや巧拙にかなりの差が存在する。
 著者は栗本丹洲(1756-1834、本名は昌臧[まさよし])。田村派本草学者の総帥で江戸における代表的な博物学者として著名な田村藍水の次男。長じて幕府の医官であった栗本家の養子となり、自身も御殿医として活躍し晩年には医官の最高位に叙せられている。職務である本草学の講義、薬物の鑑定を長く続ける一方、魚、鳥、虫などの図譜を著した。『千蟲譜』は彼の著作では唯一知られている虫類の図譜である。動植物のなかで虫類についての書物が乏しいので自らつくることを決意し、18年をかけてこれを完成させたという。なお、丹洲のもとからはやがて「赭鞭会(しゃべんかい)」という博物学同好者のグループがつくられた。農学部は現存するものでは日本最古とされる貴重な昆虫標本を所蔵しているが、その製作者である武蔵石寿も赭鞭会の重要メンバーであった。
 本書で扱われている虫類は昆虫が主体であるが、昆虫以外の節足動物(クモ、ダニ、カニ、ムカデ、など)をはじめとする無脊椎動物(クラゲ、ミミズ、ゴカイ、カイ、タコ、ナメクジ、ヒトデ、ナマコ、など)、小型の脊椎動物(タツノオトシゴ、カエル、サンショウウオ、ヘビ、トカゲ、コウモリ、など)、さらには昆虫寄生菌類(冬虫夏草)まで含まれている。この事情は武蔵石寿の標本でも同様であり、当時「虫類」は広くこれらを指していた。これらの多くは著者が自ら採集や飼育したものであるが、知人から贈られた地方産、はては舶来の珍品も紹介されている。主体である昆虫は多様性のきわめて豊富な動物群であるが、本書でもそれがいかんなく示されている。人との関連が深い益虫(ミツバチ、カイコ、など)や害虫(ハエ、カ、ノミ、ダニ、ゴキブリ、ウンカ、など)が多くとりあげられているのは当然である。中で薬用種(マメハンミョウ、孫太郎虫)や有毒種(カメムシ、など)の記述が目立つのは本職との関連だろう。しかし、むしろ大半は人間生活とは関連が薄い昆虫である。チョウ、ガ、セミ、トンボ、キリギリスなど大型で美麗なものから、チャタテムシ、ハネカクシなど小型で地味なもの、はては動物の糞や死骸につくセンチコガネやシデムシにまで分け隔てなく、するどく、かつ優しい観察眼が、ときに顕微鏡を通して、注がれている。中でも生態をよく捉えていると思われるのは、チョウ、ガなどの幼虫や蛹の観察図、および、子の餌となる芋虫やクモを狩る蜂類の行動を描いた図である。これらからは著者が本職を超えて万物を愛する博物学者であり、何より偉大な昆虫マニアであったことがうかがえる。
(生産・環境生物学専攻 田付貞洋)
 
【参考資料  荒俣宏『博物学の世紀』NHK市民大学、1989.7-9、155頁、日本放送出版協会(1989)、田中誠『栗本丹洲』彩色江戸博物学集成、下中弘(編)、189-208頁、平凡社(1994)】

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