東京大学農学部創立125周年記念農学部図書館展示企画
農学部図書館所蔵資料から見る「農学教育の流れ」
 
展示会概要
 
農業・資源経済学専攻 農業史研究室
岩本純明
 
 今回の展示にあたっては、農学部図書館のコレクションの中から、 (1)近世期に刊行された農書や動植物図譜、 (2)著名な海外の動植物学者あるいは日本とゆかりのある人物の著書、 (3)駒場農学校教官の著書・講義ノート、 (4)農林省(農商務省)が調査・集成した『農務顛末』と『小作慣行調査』、 (5)本学卒業生の卒業論文、などが選び出されている。
 維新後の明治初期農政が、欧米農業の模倣・導入に始まったことはよく知られている。新しい作物や新品種、優良家畜、大農具などの輸入がそれであるが、結果的には、わが国農業に深い影響を及ぼすことがなかった。しかし「学理」の導入という面では、事情は異なった。すなわち、外国人教師を通した西欧農学の導入である。明治政府は学術の各分野で多くの外国人教師を採用した。農学分野では、農芸化学の領域で多くの弟子を育てたO ・ケルネル(滞日期間、1881〜92年)やM ・フェスカ(同、1882〜94年)が著名である。単なる知識の伝承ではなく、実験・分析を通して科学的な知見を獲得していく手法そのものが外国人教師から直接教授された意義は大きかった。今回のコレクションには、こうしたお雇い外国人関係資料のほか、彼らの教授を受けた日本人教師の講義ノートなどが展示される。
 明治初期農政のもう一つの基調は、本邦における在来農法への着目であった。駒場農学校試業科教師に群馬県の老農船津伝次平を迎え、泰西農場のほかに本邦農場を開設して彼我の農法を比較対照させたのはその一例である。在来農法への着目は、明治10年代中頃に集中的に実施された近世農書の蒐集事業につながっていく。農学部が所蔵している近世農書や図譜の多くには、農商務省図書であったことを示す蔵書票が添付されている。おそらく、この時期に蒐集された農書・図譜の一部が、その後本学に寄贈されたものであろう。
 欧米農法の模倣と在来農法への着目との間で揺れ動く明治初期農政については、この過程で作成された史料を巨細もらさず収録した『農務顛末』がまずひもとかれるべきである。農学部図書館の貴重なコレクションの一つである『小作慣行調査』とともに展示される。
 以上のほか展示に供されるのは、本学卒業生の卒業論文数点と海外の著名な動植物学者や日本とゆかりの深い人物の著書である。私の専門分野で言えば、小平権一氏の卒業論文は、その後農政官僚の道を歩み通した氏の将来を予言しているようで、まことに興味深い。
 今回展示されるのは、農学部の貴重なコレクションのほんの一部である。この展示が、新しい発見への誘いとなれば幸いである。

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