東京大学農学部創立125周年記念農学部図書館展示企画
農学部図書館所蔵資料から見る「農学教育の流れ」
 
農務顛末
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『農務顛末』
 『農務顛末』は、明治10年代を中心とする約15年間にわたって明治新政府が遂行した農業行政上の施策を、巨細もらさず分類・編纂したものであり、明治初期農政を解明するに際して、まず繙くべき資料とみなされてきた。農学部所蔵本にもとづく活字本が1952年に公刊されたことによって、本資料へのアクセスは容易となった。同公刊本には古島敏雄氏(本学名誉教授)による詳細な「解題」が付されている。それを参考に、『農務顛末』の内容と資料的価値を紹介しておこう。
 『農務顛末』が主に収録するのは、明治8年7月2日の内務省火災から本資料の編纂作業が行われた明治21年に至る時期の農政の動向を示す資料群である。全体は31部門からなるが、まず各種施策の対象となった作物・家畜別に、穀類・果樹・繊維植物・染料植物・油糧植物・薬用植物・雑用植物・糖業・茶業・烟草・種苗・蚕業・家畜・家禽・蜜蜂の15部門が立てられ、ついで、虫害・獣医及獣病・銃猟・農具・肥料・製造・開墾の7部門で作物・家畜に共通する事項が扱われ、さらに、明治初年の試験研究機関の設立・活動の経緯が、内藤新宿試験場・三田育種場・三田農具製作所・下総種畜場・嶺岡牧場・播州葡萄園・神戸阿利襪園・小笠原島出張所の8部門で扱われている。最後の第31には、いずれの部門にも分類し得ないものが集められている。以上31部門のうち、農学部所蔵資料には、染料植物・蜜蜂・銃猟・下総種畜場の4部門が欠けている。27部門89冊が現在所蔵されているわけである。
 『農務顛末』が主として扱う明治10年代は、従来、欧米農法の模倣期として概括されてきた時期である。確かにこの時期の農政は、開港後に激増した欧米諸国からの輸入を防遏するとともに、有力な輸出農産物・農産加工品をいかに育てあげるかという点に、最大の関心を向けていた。イギリスからの綿製品輸入によって圧迫されていた国内綿業の建て直しのため、長繊維のアメリカ綿花を導入しようとしたのは前者の例であるし、国際商品としての紅茶への強い関心は、後者の一例である。また、プラム・リンゴ・洋ナシなどの果樹やオリーブなどの油料作物の種苗が輸入され、国の試験場に移植されたり、全国各地の老農による栽培試験に附されたりした。欧米農法の模倣には、作物・家畜の導入にとどまらず、耕作様式を改良する企図も含まれていた。プラウ・ハローなど西洋農具も数多く輸入され、これまた試験場や各地老農による試験利用に供されていった。
 しかし明治初期農政の基調を、欧米農法の模倣という点でのみ把握するのは正しくない。明治10年代以降本格化する近世農書の蒐集・編纂の企てや農事共進会・集談会の開催などは、在来農法への着目という、明治初期農政を貫く今ひとつの関心を映し出している。『農務顛末』は、欧米農法の模倣と在来農法への着目との間で揺れ動く明治10年代農政の推移を、主要地帯における農業生産に関する具体的記述を通して教えてくれる、貴重な資料群なのである。
(農業・資源経済学専攻 岩本純明)

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